相手の「よく働きたい気持ち」に賭ける

書籍「テトリス・エフェクト」が面白かったので感想をメモします。


内容はざっくりこんな感じで、超面白いです。

  1. なぜ世界で1番売れたゲームを、ゲームソフトの概念すらないソ連で作ることができたのか?
  2. ライセンス争奪戦に後発だった任天堂が、どうやってゲームボーイ版のライセンス契約に至ったのか?

ロジャースが、めっちゃいい


ヘンク・ロジャース(wikiより)

ヘンク・ロジャース(wikiより)

今日はもう、ロジャースのことだけ書こうと思います。

ニンテンドー・オブ・アメリカの社長(荒川實)からの密命を受けて、
ロジャースはテトリスのライセンス契約のためソ連へ向かいます。

このロジャースが「テトリス・エフェクト」の中心人物で、ピンチの乗り切り方が最高!
テトリス・エフェクトはテトリスの話だけではなく、パソコンのゲーム市場ができる前の時代から始まります。


ブラックオニキスが全然売れないピンチ


話はテトリスが発売される何年か前の、パソコン向けのソフトしかなかった時代に遡ります。
ロジャースはもともとプログラマーで、ブラックオニキスというソフトを開発していました。
ブラックオニキスは日本で初めての「ファンタジーRPG」です。

このブラックオニキスが、全然売れない。
パソコン雑誌に広告を出しますが、うまくいきません。
それでどうしたか・・・という話。

ロジャースはこのピンチに、パソコン雑誌の編集部へ直接向かいます。
編集部のスタッフにプレイしてくれと頼むのです。
RPGというジャンルがまだ無い時代なので、パソコン雑誌の編集部ですらブラックオニキスがどんなゲームなのか、知らなかったのですね。

ロジャースは編集部員にプレイを頼む前に、工夫をしました。
編集スタッフの見た目や名前を、あらかじめ入力した状態でコントローラを渡したのです。
つまり編集部員からしたら、自分の名前が入った状態でRPGがスタートすると。
「おお、オレが画面の中にいる。」
という、今では当たり前になっているPRG世界への没入感を、編集スタッフは初めて味わったでしょう。

その年、ブラックオニキスは各紙で特集され、日本で1番売れたパソコンゲームとなりました。


ファミコンに参入したくて、山内社長に直接FAXした話


一世を風靡したブラックオニキスですが、時代はファミコン。
ロジャースが切り開いたRPGの市場は、ドラゴンクエストやファイナルファンタジーなど、企業が資本を投入して作る大規模なものへと変わり始めました。
ロジャースは、もう自分の小さな会社ではRPGを作れないわ・・・と悟ります。

そこでファミコン市場に参入しようとするわけですね。
ロジャースは日本語が十分にしゃべれません。
また日本に住んでいるものの、ファミコンのソフトパブリッシャーとの関係性は希薄でした。
でもソフトを出したいと。

このピンチにロジャースは、いきなり任天堂の山内社長にファックスを送るという行動に出ました。
当時の常識だと、山内社長は「人と会わない&めっちゃ怖い人」でしょう。

ロジャースは山内社長が囲碁のファンであることを突き止めて
「ファミコンで囲碁のソフトを開発するから会ってください」
というファックスを送りました。

そのファックスを送った2日後に、実際に山内社長と会うことができて、数分の商談で3千万円の契約を結びます。


ソ連でファミコン版のテトリスを見せたら、激怒された話


ようやくテトリスの話です。
ロジャースはゲームボーイ版テトリス発売のために、1人ソ連で交渉にのぞみます。

その時ロジャースはすでに、ファミコン版のテトリスを販売するライセンスを持っていました。
ファミコン版のライセンスは、ソ連との間に何社か経由して取得したものです。
次に新しくゲームボーイで発売するためのライセンス契約を試みたのですが、ゲームボーイ版はファミコンと違い、ソ連側と直接契約する必要がありました。

当時ソ連では、ファミコンも発売されていないし、ゲームという概念すらありませんでした。
もっと言うと、その時代には当たり前だったクレジットカードや、銀行口座の概念すらありませんでした。

それは官僚にしても同じです。
知的財産を管理する部署なのに、世界でソフトの利権がどう扱われているのか、知らない官僚しかいないのです。
ライセンスを得るためには、何も知らない官僚と話し、ライバルよりも良い条件を提示する必要があります。
がんばれロジャース!

ロジャースがライセンスの落札競争に参入した段階では、他に有力なライバルが2人いました。
そういったライバルとの戦いの中、ピンチが訪れます。

ソ連の官僚との交渉中に、ロジャースがファミコン版テトリスのパッケージを机に出しました。
それを見た官僚のベリコフさんが、激怒したのです。

ソ連側はファミコン版でのライセンスを、認知していなかったからです。
そのため「契約もなしに謎のテトリスが発売されている・・・」というふうにベリコフは考えたのでした。

ロジャースにとってはライセンスを取得する際に、各種契約を結んで発売したという認識でした。
「え?ファミコン版テトリスの動作している画面を送ったじゃん!ソ連側もOK言ったやんけ!」と。

しかし大元の契約に問題があり、ソ連側には何も知らされていませんでした。
ロジャースがライセンス料として支払ったはずのお金も、適切にソ連側へ流れていませんでした。
ベリコフさんは「お前、勝手に我が国のテトリスで稼ぎやがって!」という状態です。
このピンチにロジャースはどうしたのか。

その場でお金を支払いました。
当時ファミコンで販売された13万本分のライセンス料を、改めて小切手で支払ったのです。

ソ連の官僚は、言ってしまえば何も知らない人なので、騙そうと思えばいくらでも騙すこともできました。
他の交渉相手はそうしてました。
しかしロジャースはお金をその場で払った上、親身になって元のライセンス契約に対し改善点を伝えています。
「ベリコフさん、元の契約書にはコンピュータの定義がない。すると際限なくどの端末でも、テトリスを売られてしまいますよ。今の契約書に、コンピュータの定義を盛り込みましょう。」というように。

これでピンチを脱し、ゲームボーイ版のライセンスを独占契約します。


賭けるなら相手の感情と、相手の仕事に。


ロジャースはピンチのとき、目の前にいる相手の個人的な感情に賭けます。
個人の欲を叶えるっていう意味ではありません。
相手の感情を中心にして、相手の仕事にとって意味のある選択肢を提示しています。

ブラックオニキスの時は広告主として広告を打っても、編集者は記事を書いてくれない。
そこで編集者に賄賂を渡す方法ではなく、編集者の本分が喜ぶ選択肢を提示しています。
プレイさえしてくれれば、編集者の心が動くはずという賭けをしたのです。

山内社長という大人物に対しても、同じです。
山内社長の個人的な感情を動かし、なおかつ任天堂の仕事にとって有益な提案をしています。

ロシアの官僚と話す時も、無知な相手をなめてはいません。
自分の契約に誤りはなくとも、まず相手の感情を優先させています。
次にソ連の官僚としてより良い仕事をするために、元の契約に対して提案をしています。

ロジャースのライバルは、官僚をバカンスに連れて行くような手法をとっていました。
そういう、欲だけにフォーカスする方法ではなく、官僚の仕事にとっても意味ある方法をロジャースは選んでいます。
つまり、目の前にいる人の仕事観を信じてるっていう、ロジャースの純朴さにぐっときます。

有名な「人を動かす」と同じかもしれません。
しかしロジャースの面白いところは、追い詰められたときの選択肢がこれだってことです。
RPGで言うなら、HPが赤くなったときにこそ、このコマンドを選択してるのです。

ロジャースは周到に準備をするわけですが、なんやかんやあって、いつも追い詰められます。
最初に「人を動かす」から、きれいに結果が出るわけじゃないと。

袋小路で、相手の「よく働きたい気持ち」に賭けるっきゃない!いったれー!
・・・みたいな感じです。

プログラマー、マーケター、ライセンスの交渉人と職域は変われど、ピンチを脱する時に相手を信じているところが、ロジャースいいやつだなって思います。
土壇場で相手を信じることが、結果的に自分の仕事も良い方向へ運んでいってるなぁと。
テトリス・エフェクトを読んで思ったことは、だいたいこんな感じでした。


投稿者名 すずきカレー 投稿日時 2018年03月26日 | Permalink